エゾリスのすみか

エゾリス一家の生態について

わが子の心臓の壁は見えにくいらしい

血管の位置がずれている?

「血管の位置がずれているような気がします」
奥さんの妊娠6か月目の定期健診で、こう告げられました。
ただし、お腹の子の腕の位置が邪魔して心臓の形がはっきりとエコーで見えないため、高精度なエコーがある札幌医大で確認してほしいと言われました。
恐らく問題無いと思うが念のため、と付け加えられました。
顔に何かが掛かっていないと寝られない私に似たのか、赤ちゃんがエコーに映る時は腕で顔を覆っている姿勢の時が多いです。
その為に腕が邪魔して心臓が鮮明に映らないようなのです。
奥さんはちょっと不安そうでしたが、私はそこまで深刻な状況だとは思っていませんでした。

札幌医大は紹介状が必要な患者が来る病院

札幌医大の駐車場は朝9時から満杯でした。
入口の前をひっきりなしに患者さん、職員さんが行ったり来たりしています。
手を消毒して中に入ると、受付が何個もズラッと並んでいます。
受付には「紹介状の無い患者さんは初診料5000円がかかります」との張り紙がありました。
つまり難しい病気でなければここには来ないでくれよ、という意味なのでしょう。
病院には確かに重い症状の人が多そうに見えます。
この人たちもやはりどこかの病院で紹介状をもらってきたのでしょう。
手にした紹介状を握る手に力が入ります。
受付を済ませて産科に向かうと、出産を終えて退院するのであろう親子がいました。
小さなベッドに寝かされた新生児は、外見から医学に無知な私にも何かの疾患を抱えているのだろうと想像できました。
その子を両親がやさしく撫でていました。愛おしそうながめていました。
何となく不安が増してきます。
私もこれほど子供を愛せる親になれるのだろうかと、考えてしまいました。

受付で電話が鳴るのを目を閉じてじっと待つ

新型コロナウイルスの影響で参加で病室に入ることができるのは患者のみのため、付き添いの私は受付で待つようにと言われました。
何かあった時は夫婦で話を聞いてもらうので、その時は呼び出しますとの事でした。
受付でコーヒーをすすりながら、新聞を眺めます。でも、こういう時は全く頭に入って来ないようです。
普段は笑って読んでいられるトランプ大統領の奔放な言動も、妙にカチンときたりします。
新聞を閉じて、産まれてくる子がさっきの産科の入口の前にいたような子供だったら、自分には何が出来るだろうと考えてみます。
目を閉じて、物思いにふけっていると涙が出てきました。
結局今は自分の電話が鳴らないことを祈るしか無さそうです。
しかし、40分ほど受付で待った時に電話が鳴りました。
心臓が潰れそうな気持ちになります。
恐る恐る電話を取ると、奥さんの感情を抑えた声が聞こえます。
「今エコーで診てもらったんだけど、もっと高性能なエコーじゃないとわからないんだって」
思わず椅子から滑り落ちそうになりました。
その高性能なエコーで診てもらうために、ここまで来たんじゃないか。
はじめからそれで診てくれよ。思わずツッコんでしまいました。
病院なのでゆっくり歩かなければならないのだけど、気がついたら走っていました。
ごめんなさい、札幌医大

高性能なエコーでわかったこと

診察室にいたのは、小柄な女性医師でした。
小児の心臓外科を専門に扱うお医者さんということでした。
漫画でしか見たことの無いような職業の人が目の前にいます。
いつも診てもらっている白石産婦人科より大きなエコーがありました。
エコー診察の間、長い沈黙が流れます。2人共息をするのを忘れたように見守っていました。
途中で女性医師が小さな声で「良くこれを見つけたね」とつぶやくのが聞こえました。
それくらい見つけにくいものなのでしょう。
そこからもしばらく診察は続きました。お腹の中にいる1000gの重さの子供の、さらにその心臓の血管の位置を見るというのは慣れた人間にも難しいものなだと思いました。
この時でもまだ「実は何でもありませんでした」という言葉を期待していましたが、どうやらそうはいかなさそうになってきました。

診断名は難解

心室中隔欠損
両大血管右室起始

これが私の子供についた診断名です。
告げられた瞬間は息が止まりそうになりました。
心室中隔欠損とは、心臓のポンプである右心室と左心室の間の壁が一部無くなっている状態のことです。
両大血管右室起始とは、本来右心室から出ているはずの肺動脈が左心室から出ている状態のことです。
心臓の疾患を持って産まれる子供というのは決して珍しい訳ではなく、100人に1人くらいの割合でこういう子供は産まれてくるそうです。
ただ子供が小さいのと、今日も子供の腕が邪魔して心臓がはっきり見えにくいせいで正確な診断は1か月後に再度行うとの事でした。
ひょっとすると壁はふさがっているかもしれないし、血管も実は正常な位置になっていた。ということもありうるとのことでした。
2人とも健康に育ち、家族や親せきにも大きな病気をしたことがある人がいないような環境で育った私には、本当に驚きでした。
まさか自分の子供に限ってそんな事があるのだろうかと、呆然としてしまいました。
奥さんは泣いていました。
私はなぐさめる事しかできませんでした。
私はというと、正直な気持ち少し安心しました。
治療の方法が無いと言われるのが一番怖かったです。それが無かっただけでも運命の神様に感謝しようと思いました。
引き合いに出して悪いのですが、最初に産科の入り口で会った子供は、大きくなった時に学校のグラウンドを元気に走り回るような事は、おそらく出来ないだろうと思われます。
そうならならなかっただけでも良しとしようと、自分に言い聞かせました。
私の子供は治療さえすれば治ると言われました。

心臓の手術の中では難しい方ではないらしい

「小児の心臓の手術では難しい方ではないので安心してださい」と言われました。
心臓の手術は、漫画やドラマの影響で無条件に難しいものと決めつけていた私には驚きでした。
失敗等のリスクはほぼ無いと考えて良いということでした。
赤ちゃんの心臓のように小さな物の手術に簡単ってあるのかと聞き返してしまいそうになりましたが、聞き返せませんでした。
正直、聞くのが怖かったです。簡単だと思い込みたかったです。
産まれた時の心臓の状況をみて、状態が悪そうであればすぐ手術。そうでもなければ1歳になるまで待ってから手術することになりました。
特に念を押されたのが、ネットで情報を収集しないというこです。
ネットの情報にはいろいろな物が出回っていて、精度の高いものもあれば低くて質の悪いものもあるからです。
素人がそのような情報にたくさん触れると、余計に混乱してしまうのでしょう。
今はわが子の未来を現代の医療技術の進歩と、このお医者さんに任せるしかなさそうです。

父親になれるかな

私が39歳になってからはじめて授かった子供は、生まれてくる前から本当に色々な試練を私に与えてくれます。
その度にお腹の中で私が本当に父親になれるような人間なのか、お腹の中でじっと眺められているような気がします。
きっと母親に似て賢い子なんだと思います。
それに対してお父さんは産まれてくる前からこの調子じゃ先が思いやられます。
でも少しずつ、少しずつ父親になる気持ちが出来てきたような気がします。